神社の由緒

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由 緒

  • 御神徳文武両道 夫婦和合 土徳勧農
  • 御祭神乃木希典命 ノギマレスケノミコト
  • 配祀乃木静子命 ノギシズコノミコト

乃木神社は、乃木将軍として今でも親しまれる乃木希典命ご夫妻を祀ります。神社の北東には別邸があり、将軍ご夫妻は数度の休職期間を別邸に滞在し、「農は国の大本なり」と仰せられ自ら田畑を耕され勧農の範を示され、地元石林の住民とも親しく交流、晴耕雨読の日々を過ごされました。

明治45年7月30日明治天皇が崩御され、そのご大葬が行われた9月13日夜、ご夫妻は殉死を以て明治天皇のご聖恩に報いられました。
青山葬儀場で行われた将軍ご夫妻の葬儀当日、ご遺徳を偲ぶ地元の住民は別邸において遙拝式を斎行しました。その場で後に乃木神社初代宮司となる大田原神社の手塚元氣宮司は、将軍の神霊を土徳の神として祀る神社の創立を提議し、参列者の絶大な賛同を得て神社創立が決定しました。

大正3年8月28日 神社創立の議を提出
大正4年6月16日 内務大臣より許可「社格ハ県社ト心得ヘシ」大正5年3月6日本殿、拝殿が竣功
大正5年4月12日 ご神霊が本邸より列車でご動座、夜8時にご鎮座。
4月13日 鎮坐奉祝大祭斎行

乃木神社の創立にあたっては地元のみならず県内外から多くの浄財がよせられました。
以来ご命日にあたる9月13日を例祭日として祭礼を執り行い、崇敬者をはじめて世界の平和安寧をお祈り申し上げています。

  • ご朱印

    ご朱印

御祭神の御事蹟

  • 乃木希典源朝臣秀顕命

    陸軍大将 正二位勲一等功一級伯爵 第十代学習院院長
    嘉永2年11月11日(1849年12月25日) 生 〜 大正元年(1912年)9月13日 没

    乃木希典命は、武人、教育者、また多くの詩歌を遺された文人でもありました。「乃木大将」「乃木将軍」と親しまれ、東京乃木坂の地名の由来でもあります。
    日露戦争における旅順攻囲戦では第三軍司令官として指揮を執られ、後に明治天皇の御跡を慕い殉死されたことなどは国際的にも広く知られています。 明治天皇は日露戦争で2人の子息(勝典・保典)を亡くした将軍の心中を思いはかられ、将軍を学習院院長に任じ皇孫迪宮裕仁親王殿下(昭和天皇)のご養育を委ねられました。
    将軍ご夫妻の墓所は青山霊園にあります。

    辞世の句
    うつし世を 神さりましし 大君の 御あと慕ひて 我はゆくなり
    神あかり あかりましぬる 大君の みあとはるかに をろがみまつる
  • 乃木静子命 (幼名 湯地お七)

    安政6年11月6日(1859年11月29日) 生 〜 大正元年(1912年)9月13日 没

    乃木静子命は乃木希典命の夫人です。多忙な将軍のもと常に内助の功を尽くされ、陰に日向に将軍を支えられました。裁縫、料理、洗濯など家事のほか、学問や日本画の才知にも長けられ、英語も堪能であったと伝えられています。
    婚礼に際し将軍の「乃木家はすこぶる厳格な家である。もし多少なりとも気遣いの点があるのであれば、いっそ盃をせぬのがあなたのためだ。」との言葉に対し「いかような困難に遭いましても必ず辛抱致します」と応えられたと伝えられています。
    殉死に際し将軍は静子夫人に宛てた遺書をのこされました。静子夫人の殉死の遺志は直前まで将軍に伏せられていたことが分かります。

    辞世の句
    出でまして かへります日の なしときく けふの御幸に 逢ふぞかなしき

乃木別邸

日本遺産

「明治貴族が描いた未来~那須野が原開拓浪漫譚〜」構成文化財

乃木別邸

栃木県史跡第38号
「乃木希典那須野旧宅」

栃木県那須塩原市石林820番地(旧狩野村大字石林)にある旧宅は、田畑 山林をあわせて14ヘクタールほどの農園で、明治13年薩摩藩士吉田清皎(静子夫人の叔父)が購入し明治23年まで農事に従事していました。吉田清皎氏の没後将軍は静子夫人名義でこの農園を買い取り、石林の農園として別邸を構えました。しかし納屋1棟のみしかなかったため不自由があり、明治25年自らの設計で母屋を建てられました。
将軍は明治25年、同31年及び34年から37年の休職期間中この別邸で農耕に従事され、ときに勝典・保典のご子息らもこの別邸を訪れました。「我が国は瑞穂の国、農は国の大本なり」と仰せられ、自ら勧農の範を示された将軍は、「農事日記」に日常の出来事や農作物の経過、質素な献立、買い物など詳細に記されました。
屋敷の北側には防風林として杉、樫、欅などの大木が茂り、その中に清水が 溢れ出る水源があります。そしてこの清らかな泉こそ、将軍がこの地を愛された最も大きな理由でした。

紹介動画

  • 那須乃木神社 プロモーション動画
  • 日本遺産「明治貴族が描いた未来
    ~那須野が原開拓浪漫譚~」